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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)3400号 判決

原告 甲野ハナ

右訴訟代理人弁護士 天坂辰雄

同 阿部三夫

被告 同栄信用金庫

右代表者代表理事 笠原慶太郎

右訴訟代理人弁護士 栗田盛而

主文

一  被告は、原告に対し、金一八六万円及びうち金一〇五万円に対する昭和五二年一月一日から同年三月三一日まで年四分六厘の、同年四月一日から昭和五五年四月二八日まで年三分の、同月二九日から右支払済みまで年六分の割合による金員並びにうち金八一万円に対する昭和五二年一月八日から同年四月七日まで年四分六厘の、同月八日から昭和五五年四月二八日まで年三分の、同月二九日から右支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、第二項と同旨の判決及び仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告信用金庫日本橋支店に対し、乙山春夫を使者として、別表の(1)から(3)までの預入日欄に記載の各日に、同預金額欄に記載の各金員を、期間はいずれも三ヵ月、利率はいずれも年四分六厘(満期日の翌日以後解約日までの間の利息は、解約日における普通預金の利率と同率とする。)の約定の無記名定期預金として預け入れ(以下別表の(1)から(3)までに記載の各預金を「本件各預金」という。)、被告に対して、別表の(1)から(3)までに記載の各定期預金債権を取得した。

2  原告は、現に、本件各預金の定期預金証書及び届出印鑑を所持している。

3  昭和五五年四月二八日当時の普通預金の利率は、年三分である。

4  よって、原告は、被告に対し、本件各預金合計金一八六万円の払戻し及び右各預金に対する各預入日の翌日から各満期日まで年四分六厘の、各満期日の翌日から本件各預金の払戻請求をした日である昭和五五年四月二八日まで年三分の割合による約定の利息金並びに同月二九日から右支払済みまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち被告信用金庫日本橋支店に原告が主張する内容の別表の(1)から(3)までに記載の本件各預金がされていることは認めるが、預金者が原告であること、右預金が乙山春夫を原告の使者としてされたことは否認する。

2  同2の事実は、知らない。

三  被告の主張

1  以下に述べるとおり、本件各預金の預金者(預金債権者)は、原告ではなく、乙山春夫である。

(一) 被告は、昭和五一年一〇月二九日、乙山が代表取締役となっている株式会社Kとの間で信用金庫取引契約を締結した。

乙山は、右同日、被告に対し、右Kの信用金庫取引上の債務について連帯保証をした。被告は、同年一一月二九日、右信用金庫取引契約に基づき右Kに対し、弁済期昭和五二年三月二〇日の約定で四五〇万円を貸し渡した。

(二) 被告信用金庫日本橋支店貸付係長松井貞夫は、昭和五一年の年末ごろ、乙山に預金を勧誘したところ、乙山は、同年一二月三一日に一〇五万円、昭和五二年一月七日に八一万円を持参し、それぞれ無記名定期預金として被告信用金庫に預け入れた。右各無記名定期預金が本件各預金である。

(三) 乙山は、右預入れに際し、税金対策上自己名義の預金では困ると言って、架空名義の預金を希望したが、被告がこれを拒絶したので、無記名定期預金としたのである。その際、乙山は、本件各預金が自分の預金であること、前記(一)の借入金が弁済できないときは、この預金の払戻しを受けて弁済する旨を松井に付言している。

(四) 乙山は、昭和五二年三月二〇日、前記(一)の借入債務につき被告に期限の猶予を申し入れるに際して、本件各預金が自分の預金である旨を申し述べている。

(五) 以上のとおり、本件各預金の預入手続は、乙山が被告信用金庫日本橋支店の店頭に現金を持参していたのであり、また、この際自分の預金と申述しているのであるから、本件各預金の預金者は、乙山である。

2  仮に、本件各預金の預金者が原告であるとしても、前項に記載したとおり、被告は、乙山に対して連帯保証債務履行請求権を有し、本件各預金と相殺の利益を有しているのであり、また、本件各預金が乙山の預金であると信ずるにつき悪意又は重過失はないのであるから、原告は被告に本件各預金の預金者であることを主張対抗しえないものというべきである。

第三《証拠省略》

理由

一  原告主張の請求の原因事実のうち被告信用金庫日本橋支店に本件各預金がされていること、本件各預金は、いずれも無記名定期預金であって、期間を三ヵ月、利率を年四分六厘(満期日の翌日以後解約までの間の利率は、解約日における普通預金の利率と同率)とする定めであることについては、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各預金の預金者(預金債権者)が原告であるかどうかについて判断する。

無記名定期預金においては、当該預金の出捐者が自ら預入行為をした場合はもとより、他の者に金銭を交付して無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合であっても、預入行為者が右金銭を横領して自分の預金とする意図で無記名定期預金をしたなどの特段の事情が認められない限り、出捐者をもって無記名定期預金の預金者と解すべきところ、《証拠省略》によれば、原告は、昭和五一年一二月三一日、乙山に対し、被告信用金庫に無記名定期預金として預け入れるよう依頼して現金一八六万円及び届出印鑑とすべき「丙川」と刻した印章二個を交付したところ、乙山は、同日、被告信用金庫日本橋支店に行き、別表の(1)、(2)の、更に昭和五二年一月七日に同支店で別表の(3)の無記名定期預金をしたが、いずれも届出印鑑は、原告から交付を受けた右「丙川」の印章二個を用い、被告の定期預金印鑑票には右印章が押捺され、乙山は、同年一月一〇日ごろ、原告に対し、右印章二個及び被告から交付を受けた本件各預金の預金証書を手渡し、原告は、現在も本件各預金の預金証書及び右二個の印章を所持していることが認められる。

被告は、乙山が本件各預金の預入れに際し、その預金者は自分であること、乙山が被告から借り受けている金員の弁済ができないときは、本件各預金を解約し、それをもって右借入金の弁済に当てたいと申し述べたと主張するが、預金をするに際して乙山が自分が預金者であると明示的に申述したことを認めうる証拠はなく、また、証人松井貞夫は、乙山が被告からの借入金を弁済することができないときは本件各預金を解約し、それをもって弁済すると申し述べたと供述するが、右乙山の申述は、本件各預金がされた数ヵ月後にされたというのであるから、右申述が事実であったとしても、それをもって本件各預金の預金者が乙山であると認定することはできない。更に、乙山が原告から交付を受けた金員一八六万を横領して本件各預金をしたことを認めうる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件各預金は、原告の出捐にかゝる金員につき、原告の自らの預金とする意思の下に乙山を使者として被告信用金庫日本橋支店に預け入れられたものということができるから、本件各預金の預金者は、原告であると認めるのが相当である。

三  さらに、被告は、被告の主張2のとおり主張しているので、この点につき判断する。銀行が無記名定期預金証書及び届出印鑑の印章を所持する者を無記名定期預金者であると信じてこれと相殺する予定のもとに新たな貸付をしたときには、銀行の利益は保護されなければならないことは、いうまでもない。

《証拠省略》によれば、被告は、昭和五一年一一月二九日、株式会社Kに対し、四五〇万円を貸し渡したこと、乙山は右Kの被告に対する右借受金債務につき連帯保証をしたことが認められる。しかし、本件各預金がされたのは、その後のことであり、また、乙山が本件各預金の預入の際被告に対し本件各預金は自己の預金であり、訴外会社の借入金が返済できないときは本件預金を払戻して支払旨付言したという事実を認めるに足る証拠はないのであるから、被告が本件各預金の受入れをした際、乙山が真の預金者であると信じたとしても、被告が保護されるべきではない。

よって被告の主張は、理由がない。

四  請求の原因(3)の事実は、被告において明らかに争わないから、自白したものとみなす。

五  以上のとおりであるから、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条の規定を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項の規定を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 榎本恭博)

〈以下省略〉

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